この意識を持つようになったのは、かれこれ30年近く前に遡る。
高校時代の部活動の顧問が、しょっちゅう
「お前らの演奏は単なる自己満のオナニー」
って言うとったわけよ。
オナニーするなら家でひとりでこっそりやれ。
演奏会の広告費やら入場料取るならオナニーなんか見せんな。
学生だろうが企業や入場者から金取る以上、甘えずプロとしてやれ。
そういうことなんやと今でも思う。
音楽:音を楽しむ
Danの見解はちょっと違うのよね。
音楽:音を楽しませる
音を楽しむ と 音を楽しませる
全然違うの。
音を楽しむのって、当然楽しいのよ。
でもね、ごく一部の天才を除いて、凡人が音を「楽しませる」、ってほんと苦行なのよ。
すげぇ訓練と研究と経験と練習がいるの。
「自分が心地よい演奏」と、「聞き手が心地よい演奏」の乖離がすごいの。
自分の心地よさを押し殺して、聞き手が心地よい演奏に徹するの。
そうすると、演奏することの心地よさは失いつつも、聞き手からの反応が心地よいわけ。
「よく頑張りました!」的な社交辞令じゃない反応。
ここに音楽の楽しみを見出すしかないの。
でね、この観客との関係、セックスにおけるDanと女の子の関係と全く同じなの。
自分が楽しめるセックスと、相手が楽しいと感じるセックスは違うの。
やから、自分の楽しみを殺して、ひたすら相手が楽しめるセックスを研究し経験し練習するの。
当然ながら苦行になる。
でも、それをすると相手の喜ぶ反応が見れるの。
もう喜びを見出す箇所は自分の中で消化できたし、ある程度研究も経験も練習も積んできたから、今のスタイルは苦行の域を脱し、「自然」になりつつある。
女の子それぞれに「楽しめるポイント」は異なるから、それぞれに触りながら反応を観察してアジャストしていく必要があるから、研究も経験も練習も、まだまだ不足してることは間違いない。
そして、結果として女の子が「基本の楽しみ方」を覚えると、Danが楽しむことと、女の子が楽しむことがイコールになってくる。
この時からが本当に楽しくなってくる。
ほらね?
音楽とセックスって同じやろ??
で、Danの性感調律では、女の子に「表現すること」を要求する。
この表現ができるようになると、当然音楽でも「表現すること」ができるようになる。
不思議なことに、セックスでの表現力を身に着けると、自然と音楽の表現力の幅が広がるの。
多分ね、演劇とかでもそうやし、AVとかでもそうやし、風俗でもそうやし、被写体としての表情つくるのもそうやし、会社や学校なんかで人前で話すこともそうやし、色んな事を「表現する」こと全てに共通するのかもしれない。(残念ながら逆は滅多にないんやけどね。)
やからミュージシャンとかフィギュアスケーターとか「男ができると表現が変わる」とか聞くことが多いんやろね。
「演技」から「自然な表現」になるってことなんかな。
性感調律・中イキ開発の依頼は、HPやらnoteをしっかり読み込んでからどうぞ。
